IN THE END

「これで、やっと聖杯が手に入るんだよね……」
オーバーロードが消滅したのを確認したあゆみは、満身創痍のまま、様々な薬品や機材が並ぶ部屋を改めて見て回った。
玉座の裏に安置されていた聖杯を発見し、それを持ち帰る事にした。
聖杯は大きく、普通の人間が一人で持ち帰るのは容易ではなかったが、ブック・オブ・シャドウズを使いこなすあゆみにとっては造作もない事だった。

聖杯はアリアドネの糸では転送できそうになかったので、ブック・オブ・シャドウズの力を利用して天空の城から徐々に降りていく事にした。
そもそも、これだけ大きい聖杯を携えて普通に街に戻ってしまっては、すぐに大公宮の者に見つかってしまう。
そうなれば聖杯は、病気の大公が待つ大公宮へと引き渡さなければならないだろう。
「その前に、この聖杯は私と友達のために使う」

あゆみの冒険は終わった。
後は聖杯を使い、天神小に遺された友達を蘇らせさえすれば、日常が帰って来る。

… … …

ブック・オブ・シャドウズに導かれ、再び天神小に戻って来たあゆみは、ある違和感に気付く。
「以前よりも、明るくなってる……?」
懐中電灯で照らさなければならないくらい視界が悪かったはずなのに、照らさずともそのおぞましい光景ははっきり見る事ができる。
更に、以前はむせ返るような腐臭が漂っていたはずなのに、それに対して何とも思わない自分自身にも違和感を覚えずにはいられない。

あゆみの到着を首を長くして待っているであろう友達の元へ辿り着くべく、天神小を歩いて回った。
悪霊が出てきてもブック・オブ・シャドウズの力で撃退してやろう、と息巻いていたものの、1体たりとも悪霊が襲いかかってくる事もなく。
友達よりも先に、見覚えのある人物が姿を現した。
「……あなたもこちら側に来たんですね」
冴之木七星だった。

「え?七星さん?どうしてここに……?」
七星はかつて、鬼碑忌コウの死についての顛末を聞かされた時に消滅したものだと、あゆみは思っていた。
その事を伝えると、七星はたちまち唇を歪め気味悪く笑い出した。
「釣りだよ釣り!!バーーーーカ!!」
「っ!?」
「こっち側でしぶとく待ってた甲斐があったわ!その聖杯があれば……また先生と一緒に……ふふふ……」
七星はじわじわと距離を詰めてくる。
「もしかして、料理店で特に役に立たない霊具を持ってきてたのも」
「それも釣りだバーーーーカ!!消えなさい、七つの星の元にっ!」
七星は何か水のようなものを振りかけてきた。
それは恐らく悪霊に対して効果がある聖水であり、生身の人間であるはずのあゆみには無意味だと思われた。
だがその聖水は、あゆみに全身を溶かされるような苦痛を与えてきた。
「これで分かった?黒魔術を使いすぎたあなたはもう、この世界で生者にはなれないの!」
聖杯を手に去ろうとする七星。
あゆみは全身に苦痛を感じながら、しかし屈することなく歯を食いしばり、真っ直ぐ七星を見つめて言い放つ。
「あなたには……幻滅しましたっ!」
苦痛を攻撃に換える黒魔術・ライフトレードの一撃を受け、七星は跡形もなく消滅した。

… … …

再び静寂に包まれた天神小。
あゆみの頭の中で、七星の言葉を反芻していた。
――もう、この世界で生者にはなれない。
「それが黒魔術の、真の障害反動だっていうの?」
ブック・オブ・シャドウズは応えない。
「そんなんじゃ、私が持田君達を生き返らせても……」
そう思った瞬間、あゆみははっとした。

自身がもう死んでしまっているのならば。
「私自身に聖杯の力を使えばいいんだ!」

聖杯はあゆみを受け入れた。
今だ未完成と評されたそれは、あゆみを呑み込み天神小全体を照らす強い光を放ち始めた。
オーバーロードに言う所の「新たな人の創造」が始まったのだ。
「温かい……」
自身は再び生者となり、更には友達を蘇生して元の如月学園に帰ることができる。
これだけ苦労したのだから、これだけ苦しみを味わったのだから。
後はもう全てが都合良く、うまくいってくれるだろう。
あゆみはそう確信していた。
……人としての意識が途切れる、その瞬間まで。

新世界樹の迷宮ⅡClassic あゆみちゃんと屍体祭り
おしまい

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篠崎あゆみ(未知の力によって絶大な魔力を持つ悪霊と化し、人としての生涯を終える)