高嶋雅咲のニート生活 #5 2017年を迎えたら

私の名前は高嶋雅咲。 歳は私基準でそろそろ数えなくていい事になっているので、省略するとして。 今年もこうして無事に年明けを迎える事ができたというのは、本当に素晴らしい事だと私は思っている。 世間的に言えば、それは当たり前なのかもしれない。私、別に2017年問題とか聞いたことないし。 だが私はニート、そう、誇り高きニートであるからして。 いつ寒空に放り出されるかも知れぬこの身、庇護する存在なくして生きられるはずもなく。 だからこそ私は今、無事に年を越せる幸せとみかんを噛み締めていた。温かい炬燵の中で。 「そういうのいいですから、働いて下さい」 家主、風見莉沙から鋭い突っ込みが入る。 「えー、これは私なりに感謝の気持ちを伝えたつもりなんだけどな」 「なんだか白々しいんですよ」 「それにしてもみかんはやっぱり温州ね」 「はあ」 元旦といえば、こうしてゴロゴロしながら紅白の録画を眺めるに限る。 なんで録画かといえば、大晦日だというのに莉沙がほぼ終電みたいな時間に帰ってきたからだ。 どうもデザイナーとコーダー兼ねてると、結構他所からのヘルプを頼まれる事が多いらしい。 で、同じ番組を何度も見るのが嫌いな私は、録画設定をした後で大晦日はチェスのAIを考えながら過ごして。 そうして今、莉沙と一緒に紅白の録画を見……眺めているというわけだ。 それにしても、紅白って昔は全然面白いとか思わなかったけど、案外面白いところもあるな……。 あのグラサンの人とでっかい人、あの後ほんとに弁当食べたんだろうか。ないか。ふふ。 それからどれくらい経ったか。 私がみかんのスジの長さ選手権に没頭していたところで、事件(?)は起きた。 「は?」 素っ頓狂な声を上げる莉沙。 突然高い声を上げるもんだから、こっちもびくっとしてしまった。 「……どしたの?」 「ちょっとこれ、見てくださいよ、みかんの残骸なんて凝視してないで」 私の芸術作品を残骸と罵られた事は、この際気にしないでおくとして。 「紅組のみなさんが優勝のようだけど」 「おかしくないですか?」 「私はニュースで知ってたから別におかしいとは思わないけど」 何しろ今見ているのは録画。紅組が勝ったというのはネットニュースでちら見したので私は既に知っていた。 まあ、これで録画したものが白組優勝だとしたらそれはそれで面白いんだけど、その場合私は一体何を録画したんだという疑問が生じることになる。 「いやそういう意味じゃなくてですね」 どうやら違うらしい。「じゃあ何?」 「だってほら、会場も視聴者も圧倒的に白組だったじゃないですか」興奮からか、白組と言いつつ顔は少し紅潮している。 「そうなの?」 「そうなんですよ」 そういえば、何故紅組だったのか、みたいな声がちらほらあったらしい。 何故って、そりゃ、票の比重が異なるだけだろう。 そう結論付けた私は、特に気に留めることもなかったわけだけど、どうやら莉沙にとっては大問題のようだ。 「ゲスト審査員票の方が一票が重く設定されてるってだけでしょ」 「はあ……いち視聴者の無力感を痛感していますよ」そう言って、ため息一つ。 いや貴女、別にリアルタイムで投票したわけでもあるまいし。 「そんなん政治なんかでも同じじゃない。国民が候補者に投票する。投票で選ばれた人達が投票して政策が決まる」 「それはちょっとおかしくないですか?政治には今回のような視聴者票――国民の意志が直接介入する事はないはずです」 う、細かいことを。 「ゲスト審査員達は視聴者や会場の人達と同じものを見て聞いたわけですよ。それなのに評価がここまで剥離するのって、やっぱり変ですよ」 「うーん、でもそれはゲスト審査員の受け取り方の違い、って事で説明できちゃうけど。たまたま感性が視聴者や会場の人達とは真逆だったんでしょ」 「でも……」 「そりゃー昨今の技術の進化でさ、テレビ番組にもインタラクティブ性を取り入れる事ができるようになったじゃない」 要は番組と視聴者がお互いに作用し合えるようになった、と説明を入れつつ。 「そうすることで、まるで視聴者も参加しているような一体感を味わえるようになったと」 「でもこんな事が起きたら、一体感も何もないですよ」 「つまるところ、そういう事なんじゃない?」 「え」 きょとんとする、という言葉がこれほど当てはまる顔はないなぁと思ったが、構わず続ける。 「本当は参加しているような気がするだけ。始まる前から勝敗は決まっていた」 「ええー……」 「あり得なくはない話じゃない。ほら、これ」 私は炬燵の上でスリープにして置いてあったThinkpadを開くと、紅白の勝敗が記録されたページを開いてみせた。 「去年は紅組だったとはいえ、ここ数年の結果を見た感じ白組が圧倒してるし」 「それってまさか」急に胡散臭そうな表情をする莉沙。「紅組が勝つように審査員が買収されていたんですか?」 「そういう可能性もなきにしもあらず」 断定はできないし、適当に言葉を濁してみたが……どうやら逆効果だったようだ。 「もう」炬燵を軽く叩いてみせる莉沙。「貴女はどっち派なんですか」 「どっち派?というと」言ってる意味が分からないが。 「それはもちろん、審査員が買収されていたのか否かですよ」 「そんなの私が知る訳ないじゃん」一蹴した。「あくまで可能性を提示したまでだし」 「そうやって提示するだけして私を悩ませるんですね……はあ」 やたらでかい溜息をつくと、のそのそと炬燵の中に潜り込んでしまった。 こういう反応をされると、よく分からないが悪い事をしたような気分になってくる。 「んー、よく分からないけど悪かったって」 声を掛けてみるも返事はない。 ふむ、なるほど。声によるコミュニケーションが取れない状態にあるとみた。 ならば代替手段だ。というわけで私は、炬燵における代表的なコミュニケーション手段である脚を活用することにした。 莉沙が潜り込んだ方向を推測し、物理的に検索。あったあった。 太腿に脚を絡ませる。ん、いい触り心地。 相変わらず無言ではあるものの、向こうも脚を使ってちゃんと反応を返してくるのが嬉しかった。 思えば、これだけのんびり出来るのは久々な気がする。 世間一般的に言う所の三が日とやらが終わってしまえば、こんなしょうもない事をする機会もなかなか取れなくなってしまうのだろう。 それならせめて、今だけは。 しばし、炬燵の中だからこそ許される原始的なコミュニケーションを楽しむことにした……のだけど。 ――はて、前はこんなに柔らかかっただろうか。 「ねえ」私は率直な疑問を口にした。「もしかして、少し太った?」 瞬間、温かいはずの炬燵は業務用冷凍庫にでも変貌したかのように感じられ。 絡ませていた脚の感触が消える。 何だろう。そう思って顔を上げて足下に集中していた意識を眼前に戻すと。 「………………」 なんとびっくり、真剣を突きつけられていた。いやまあ、この部屋、確かにそこらじゅうに刀が飾ってあるとはいえ。 「あのー、風見さん?」 「そういえば2016年の大掃除、してなかったなーって思いまして」 「ひぃ」 おしまい。