◆エピローグ タケハヤとの激戦を終えた、2人と1体。 「流石に疲れたな……そろそろ帰るか」 「おやつ、3000円くらい食べたい」 今までで最も強大な敵との戦闘後とは思えない会話に、苦笑しながらショウジが応える。 「別にいくらでもいーよ、好きにしろ」 『わたしもたべるよ』 「呪い人形」呼ばわりしているフランも、当然とでも言わんばかりに要求してくる 「人形は食わなくてもいいだろうが」 『にんぎょうさべつ』 議事堂に戻ると、ナビの2人とキリノ、そしていつの間に聞きつけたのかへくたーるが出迎えた。 「おかえり!」「おかえりなさい!」 「おかえり、13班。一体何処へ行っていたんだ?」 矢継ぎ早に質問される13班。 ナビが届かない場所なのだ、そんな所に突然出かけたとなっては心配されるに決まっている。 しかし、あの謎の空間を説明できる術はなく。 「ちょいと色々あってな」 苦笑いしながらそう応えるショウジ。 キリノが怪訝そうな顔をし、詳細を求めようとするのをへくたーるが止める。 「あの場所はなんとも説明がしにくいからね、仕方ないさ、キリノ」 どういうわけか、事情を察しているらしい。 「あー、へくたーるお姉ちゃんだー」 「珍しいな、そもそもなんでお前がここに……」 「第六感ってやつかな?」 「お前でもそんな事言うんだな」 「何しろ通信が入らない場所だからね、その代わり勘が働いたのさ」 「はあ?」 分かる範囲で事の顛末を説明した後、食堂に移動しささやかなお疲れ様会を開く事となった。 アララやフラン、ナビ達が同じテーブルで山盛りのお菓子をつまむ。 それを静かに眺めるショウジとへくたーる。 聞けばへくたーるは、1年前にもタケハヤと戦った事があるとのこと。 「もっと前から話しとけよそれ、今知った」 「データベースには残ってたと思うけどなー」 ムラクモ組織には、研究結果や戦闘記録などからなる膨大なデータベースがある。 もちろん、ショウジがそれに目を通す機会などなかったが。 「あいつ、お前らが止めを刺さなかったから戻ってきたんじゃねえの?」 「あの時は僕達も相応の代償を負ったからね、おかげで僕はもう前線に行けない体なわけで」 「……そうか」 「まあそれはそれとして。タケハヤを倒すなんて本当によくやったよ」 「あいつらが居たからこそ…出来た事だ」 楽しそうに談笑するアララ達を見ながら、少し気恥ずかしそうに答えるショウジ。 「そこまで強かったのなら、1年前に僕と一緒に戦ってくれても良かったのにね」 「面倒事はごめんだったんだよ」 「面倒なのはどっちだかね」 「何だと?」 「そうだ、アララ…いや、アカネちゃんとは、これからどうするの?」 少しの沈黙の後、ショウジが口を開く。 「……なあ、あいつと俺、いくつ離れてると思ってんだ?」 「や、僕はそういう意味で聞いたわけじゃないけどなー」 「なっ、こいつ……くそ!」 ニヤニヤするへくたーるが続ける。 「それで?何か予定とかあるの?」 竜もいなくなったしね、と付け加えるへくたーる。 改まった顔でショウジが答える。 「あいつをな、本格的にアイドルとしてデビューさせてやろうかと思ってる」 「おおー」 「まあ、これから相談するつもりだが、な」 様々な魔物と戦い、議事堂の人々とも接してきた彼女は、精神面で大きく成長した。 臆することなく人前に出られるようになり、彼女に不幸をもたらした特異な「声」も、制御出来るようになっていたのだ。 それならば……と考えたのである。 ――しかし、その希望が叶うことはなかった。 アララ達のテーブルで共に菓子を食べていたはずの、ナビのヨークが焦った様子でショウジの元へ駆けつける。 「大変だ!アララが急に高熱で倒れたんだ!」 アララが急いで医務室へと運ばれていった後、彼女の席には「声」によって生を受けた自動人形、フランが佇んでいた。 いわば命の源である主がいなくなった場合、この人形はどうなるのだろうか? そんな疑問に答えるかのように、フランが口を開く。 『たぶんだけど、わたし、もうすぐうごけなくなるよ』 何時もと変わらぬ表情で淡々と話すフランに面食らうショウジ。 「ど、どういう事だ」 『わかるんだ』 「何がだよ…」 『もうそんなにながくないって』 「……」 アララが倒れたのは一度や二度ではない。 強大な力を持つ竜との戦いでは、時に力尽き倒れることもある。 そんな時でもこの人形は懸命に戦闘を続け、窮地を救ってきたもの。 だからこそ、主人であるアララが熱を出した程度でフランがこのような事を言うとは、どうしても思えなかった。 「妙だね……これは普通の熱じゃなさそうだよ」 へくたーるも同様の事を思ったらしく、そう呟いた。 続いて、ただならぬ事態であることを察したらしいナビ達が。 「ショウジ、俺とミイナは何か他に原因がないか調べてみる!」 「私達に任せて!」 「ああ、頼んだ」 エレベーターの方へと駆けて行くナビ達の小さな背中が、ショウジにはとても頼もしく思えた。 そしてへくたーるも、僕は僕で少し調べてみるよ、と言って何処かへと消えていった。 残された人形、フランを抱えて立ちすくむショウジ。 ちらりと人形の顔を見てみると、それはいつにも増して無表情で。 「そんな表情、すんなよ」 「はじめてちゃんとかおみてはなしてくれたね」 「……」 心なしか少し小さくなったようにも思えるそれは、そもそも普段は抱きかかえられるような大きさではなかったはずである。 文字通り、唯の人形に戻りつつある……そう思った。 ショウジはこれまでにない不安を感じつつ、そしてやれる事が何もない自分に苛立ちを感じつつも、続報を待った。 アララが眠る医務室。 医師によると、熱自体はすっかり引いたようで、命に別状はないとのことだった。 全員が集まった所で、ヨークが口を開く。 「いいか、よく聞いてくれ」 情報処理に長ける3人が調査し得られたのは、衝撃的な事実だった。 「おい、それってつまり…」 「…アララと俺たちは、根本の所で同じだったってことだよ」 「信じられないけど…しっかりログが残されていたの」 ヨーク達の話によると、アララは当時S級の戦闘要員を開発する為、能力向上の実験台となった孤児であった。 しかし、結局「失敗作」に終わった彼女は、最低限の生活能力と偽りの記憶を脳に植え付けられ、施設から放流されたという。 そして中途半端に残った能力が「特異な声質」として現れ……今に至る。 フランと呼ばれる人形があてがわられたのも、能力の副次効果に期待してのことだった。 「あいつも、この人形も、ナツメの研究の残滓だったってか……」 そしてそれは、ナビ達同様短命であることを意味していた。 言葉をなくす一同。 アララの心臓の鼓動を示す電子音だけが、部屋に鳴り響いていた。 やがてへくたーるが静かに立ち上がる。 「僕、そろそろ帰るよ。久しぶりに疲れちゃった。……またあの子の元気な姿、見れるといいね」 静かに寝息を立てているアララの方を一瞥し、その場を後にした。 流れでナビ達やショウジも、一旦解散という事で医務室を出た。 13班の部屋に戻ると一気に疲れが出たショウジは、泥のような眠りに就いた。 寝る前にテーブルの上に置いておいたフランと呼ばれた人形は、30cm程度の大きさまで小さくなっていた。 朝。 いつもなら「13班!」というモーニングコールで目覚めるはずが、今日は自然に目が覚めた。 普段より早くに寝たせいだろうか。 アララの様子を見に行こうかと思い顔を上げると、テーブルのフランが昨日は無かったはずの白い物を持っていることに気付く。 「メモ用紙……?」 それを手に取り確認する。 ネコのような何かがプリントされた可愛らしいメモ用紙には、お世辞にも上手いとは言えない文字で次のように書かれていた。 [ラウンジにきてください] 早朝のラウンジは驚くほど静かだった。 眠そうな顔をした従業員が立っていたが、ショウジの姿を見るなり、仕事モードに切り替えたとばかりに応対する。 「アララ様がこちらでお待ちです」 より早く来たであろうアララの案内もしたのだろうか、ご苦労様だな、と思いつつも奥の部屋へと向かった。 扉を開けると、アララが一人ソファに腰掛けているのが目に入ってきた。 ショウジの到着に気付いたアララは、一瞬笑顔になり口を開きかけるもすぐに閉じ、手を振っていた。 テーブルには、13班の部屋にも置いてあったメモ用紙の束と、ペンが置いてある。 「おはよう、まだ寝ていなくていいのか?」 いつもなら文句の一つでも飛ばしていたショウジ。 だが、彼女が病み上がりであるということと、昨日聞いた話のことを思うと……。 そんな複雑な心境の中で発した第一声を無視するかのように、メモ用紙に何かを書き始めたアララ。 「おい…」 アララの態度に思わず突っ込みを入れるショウジの目の前に差し出された紙には、下手な字でこう書かれていた。 [もう、声だせなくなっちゃった] 思わず目を見開き、紙とアララを交互に見る。 アララはそんな反応を予想していたように頷くと、また紙に何かを書き始める。 [私のやくめはおわったんだって] この娘は、どこかで察していたのかもしれない。 自分が何のために造られた存在なのかという事を。 自分が何者なのかも、分かっていたのかもしれない。 [しぬのこわいよ] 過酷な運命を背負って産まれ、不可避の死を迎えんとする少女に、いま自分ができる事とは。 少し間をおいてから。 寄り添って頭を優しく撫で、声を掛けた。 「いままで、よく頑張ったな」 せめて最後の瞬間まで、共に過ごそうと思った。