ひとりたび記念日 ◆ ◆ ◆ 連絡が途絶えてからもう10日になる。 これまでも2, 3日程度なら珍しくはなかった。 調子の良い時は、しばしば長期探索を行うものらしい。 でもそんなときは大抵、楽しそうに綴られた冒険譚と共に、樹海の珍しい素材も一緒に送られてきたりすることもあった。 もっとも、最近は手に入る素材が物騒なものが多くて、里まで輸送しようとしても断られてしまう事が多いみたいだけど……。 まるで、私まで一緒に旅をしているような感じがして、楽しかった。 ここウロビトの里を離れ、世界樹の謎を解き明かすべく、タルシスの冒険者と共に旅に出た自慢の親友。 そんな彼女からの連絡が途絶えてから、もう10日。 いてもたってもいられなくなった私は、タルシスの街へと急いだ。 ――タルシス総合病院。 不慣れな人間の街で親友についての情報を集め、やっと辿り着いたのは病院だった。 嫌な予感がする。 受付の女性に親友の名を告げると、しばらく難しい顔をした後こう告げられた。 「こちらの方々の病状は少し特殊でして」 「特殊……?」 「基本的に、面会謝絶という事になっております」 そんな。 一体何があったのか。 少なくとも、まだ生きている事には違いないのに。 何度か食い下がるものの、受付の人はなかなか首を縦に振ってはくれなかった。 その時、背後からどこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「君、確かあのルーチェって子の友達だったね」 「え……」 ふり返ると、そこには私の身長ほどもある大きな背嚢を背負った男が佇んでいた。 この人はウロビトの里での一件で、何度か目にしたことがある。 名前は……ワールウィンド、と名乗っていたような。 彼は、受付の人に向けてゆっくりと口を開いた。 「俺からもお願いするよ。この子は大切な友達に会う為、はるばるここまで来たんだ」 そう言われると、受付の人は渋々納得した様子で面会の手続きを始めてくれた。 前に会った時は特に何とも思っていなかったが、この人……ワールウィンドさんは一体何者なんだろう? 手続きの間、眠そうな顔で通路の方を眺めている彼に話しかけてみることにした。 「あ……どうもありがとうございます」 「ここからウロビトの里は遠いからな。折角ここまで来たのに突き返されている君を見ると、なんだかいたたまれなくてね」 いたたまれないというのは、このタルシスの街の人間として、という事だろうか。 それにしても、この子は何故あの子の名前を? 「そういえばその…ルーちゃんの事をご存知なんでしょうか?」 そう訊かれるのを予想していたかのように。 「まあな。何しろ最近じゃ一番探索が進んでたギルドだからね。 それにウロビトの里から来たただ一人の冒険者ってのもあるし、彼女は結構有名なんだぜ」 そう言われると何だか自分の事のように嬉しくなるが、今はそれどころではない。 「準備ができました。こちらへご案内します」 面会手続きが終わったのか、受付の人に声を掛けられる。 ワールウィンドさんは「それじゃ」と言って出口の方へと歩き始めた。 私はもう一度感謝の言葉を告げ、親友の待つ病室へと向かった。 案内されたのは、一見何の変哲もない5人部屋の病室だった。 ただ少し違っていたのは、特別製の鍵が使用されていたこと。 それと、病室に入る前に見たことのないような薬を飲むように言われたこと。 「これは…?」 「一定期間、『巨人の呪い』の進行を弱め、その影響から身を守る為に必要な薬です」 聞けば、それはイクサビトと呼ばれる者達の好意により提供されているとか。 どうして病室に入るのにそんなものが必要になるのか、答えは一つだった。 扉を開けると、そこには――植物の蔦が絡まった、かつての冒険者達が ベッドの上で苦悶の表情を浮かべていた。 そして、変わり果てた親友の姿。 私が呆然と立ちすくんでいると。 「ソラちゃん……来てくれたんだ……?」 それは絞り出すような声で。 「うん、そうだよ。ソラリスだよ」 言いたい事がいっぱいありすぎて、なかなか口に出てこない。 そんな私の様子が可笑しかったのか、笑みを浮かべながら彼女は続ける。 「ごめんね……私、ソラちゃんに謝らないと……いけないんだ」 「え?」 「いつも送ってた手紙……」 手紙が送れた事? そんなこと謝らなくたっていいんだよ。 そう言おうとした時。 「あれね、途中から……ずっと……ここで書いてたんだ」 私は絶句した。 ここ……病院で、手紙を書いていたということは。 「そう……こんな冒険ができてたら……よかったって……想像して」 臆病者で里から出られなかった私。 でも彼女は、ウロビトの民として一人目の冒険者になると名乗りを上げた。 「もう最近……指も……うまく動かせなくなっちゃって……」 そんな彼女が誇らしくて、手紙をもらうたび、無邪気に応援した。 私は親友に、どれだけの重荷を背負わせてしまっていたんだろう。 「でも、どうしてこんな姿に……!」 「聞いたと思うけど……これね、『巨人の呪い』っていうの……」 「巨人の呪い……」 それは、洞窟を探索中に突如発現したという。 徐々に身体を蝕んでいき……倒れている所をイクサビトの長、キバガミに発見され、一命を取り留めた。 しかし、それでも完治には至らず、むしろ徐々に病状は悪化の一途を辿っている。 「そんな……」 力が抜け、その場にくずおれる私に、彼女は静かに口を開いた。 「ソラちゃんにお願いがあるんだ……」 「……」 「私の分まで……たくさん……たくさん冒険してもらえないかな……」 はっとして口を開くも、うまく言葉がでない。 「大丈夫……一人でここまで来てくれたんだもん……もう、あの怖がりなソラちゃんじゃないよ」 気がつくと、視界は霞み……目から涙が溢れていた。 「ごめんね……ありがとう……」 今度は私の番なんだ。 私は腕で涙を振り払い、精一杯力強く頷いた。 「私、ルーちゃんの分まで、頑張るよ」 彼女は微笑みを浮かべて、永い眠りについた。 始りを謳う風が、今吹き抜ける――