FLOOR 5 BOSS

「これ……あの、騎士みたいな人の剣じゃない」

何かを訴えかけるようにあゆみを見つめ、哀しみに満ちた声を上げるクロガネ。
あゆみは彼らの運命を感じ取った。
そもそも、この状況で分からない方がどうかしている。

「こ、これくらい天神小と何が違うっていうのよ……」
自身に課せられた重い使命に耐えきれず、見当違いな事を呟くあゆみであった。

… … …

あんないかにも強そうな騎士の人が死んだのだ。
いくらこちらに黒魔術があるとはいえ……万全の状態で挑む必要があると感じたあゆみは、一旦街に引き返す事にした。
宿屋でブック・オブ・シャドウズに話しかける。

「こんなこと聞きたくないけど……どうすればいいと思う?」

少しの間の後、いつもの醜悪な顔を露わにしたブック・オブ・シャドウズが答える。
「主にはまだ、力が足りない」
「今まで戦いを避けてきた獣、あれぐらい倒せるようになっておくことだ」

「私普通の女子高生なんだよ……?」
ブック・オブ・シャドウズから、答えはなかった。

鹿の撃破が条件になるクエストは2つ存在する。
1つは、まず鹿を倒し鹿肉を入手し、それで作れるようになる鹿肉ステーキを流行らせるというもの。

で、普通に挑むとこのように混乱させられてあっという間に死ぬ。
鹿のHPは1680、毒ダメージは約400前後。
ライフトレードを使えたとして4ターンは毒での削りが必要というわけだ。

そこで活躍するのが封じ技。
1振りでも、フォースブーストを使えば非常に高い確率で成功する。
これで困惑のステップを封じてしまえば良いのだ。

開幕脚封じを使ってしまえば、封じられたままの困惑のステップを何度も使用してくる。
ただ、HPが増えるほどかちあげが来る確率が上がる事に注意。
画像の状態でライフトレードを使えば撃破である。

黒魔術を巧みに駆使して鹿を翻弄し、遂に鹿は力なく崩れ落ちる。
「やった……っ!」
体力を吸収してとどめを刺したのもあって、身体が軽い。
鹿肉を拾い集めながら、もう怖い物など何もないとさえ感じた。

続いて蝙蝠狩り。
こいつは行動速度が早く、先制で頭封じを使って来る。
ただし確率は低く、先にこちらが頭封じを決めるなり、毒を決めるなりすれば勝てる。

こちらの頭が封じられていると、ブラッドサックという吸収技を使って来る。
毒が入っていない状態で頭封じをされると勝ち目が無くなる。素直に死のう。

… … …

今まで回避してきた獣を2種類も倒して調子付いたあゆみは、キマイラに挑む事に決めた。
「キマイラとか何よ、今の私ならきっとなんとかなるわ」

そんな根拠も無い自信は、実際に対峙した時――

「……」

「……ぇ」
いとも簡単に打ち砕かれる事になる。

「私……こんなのと戦うの……!?」

というわけで、いよいよ1層山場のキマイラ戦。
病毒Lv10+10を1発入れてここまで削る事ができた。
しかし、図鑑表記で毒の効きが▲なのもあって、病毒2回目はフォースブーストを使っても効く確率はかなり低い。

毒以外のダメージソースは、ATTACKと混乱とライフトレードの3つ。
だが、以下の問題がある。

・ATTACK:26ダメージ程度
・混乱:80ダメージ程度、2回目は期待できず
・ライフトレード:こちらの残HPにもよるが130~200程度のダメージ、ただし消費TPが20と非常に多いうえに40~50程度しかHPが回復せず使用には危険を伴う。

これでは到底倒せないので、対策を練る必要がある。

… … …

「鹿を斬って倒せばいいのね?」

あゆみは、酒場でとある依頼を受けていた。
それは薬の材料を集めるというもので、報酬として珍しい料理のレシピが貰えるという。
その材料というのは、鹿を斬り刻んで倒す事でしか手に入らない特殊なもの、という話だった。

「安請け合いしちゃったけど……」
「この棒でいくら殴ってもダメよね」
ほとんど人が居ない丹羽料理店で、依頼票を見ながら呟くあゆみ。
その隣には、何時からいたのか丹羽料理店従業員。

「これを使うといい」
「え、あの……その霊具は?」

聞けば、それは剣を使った技が秘められた霊具であり、それを持っているだけで剣の心得がない者でも剣を自在に使いこなせるようになるという。
有り難いと思う反面、こんなのを与えられたら諦めるに諦めきれない、逃げ道がないとも思ってしまうのであった。

上で、鹿の撃破が条件になるクエストは2つ存在すると書いたが、その2つ目。
鹿を斬攻撃で撃破して手に入った素材を納品するという、カースメーカーにとっては厄介極まりないクエストがある。
どうしてもこれをやる理由は、報酬で追加される料理に「毒ダメージを2倍にする」というものが存在するからだ。

先程、鹿のHPは1680、毒ダメージは約400前後だと書いた。
これなら、毒ダメージが4回入れば画像の状態のようにほぼ瀕死となる。
あとは僅かなHPを通常攻撃で削りきるだけだ。
HPが減ったりこちらが混乱していると、かちあげを使ってくるようになるので、頭封じを入れておくのを忘れないようにする。

しかし、あと一撃に見えるこのHPを削りきるのも、カースメーカーにとっては至難の業で……。

敵はだいぶ弱っている……!
あゆみはすかさず買ったばかりの剣で斬りつける。
だが、相手は樹海の魔物、そう簡単には倒れない。

致命傷を負わされてなお、幾多の冒険者を葬ったその脚は幻惑的なステップを刻み、あゆみの精神を冒す。
「うあっ……!」
たちまちあゆみの視界は暗転していく――

… … …

目を開けると、そこはあの天神小だった。
何が起こったかよく分からない。
辺りを見回しているうちに、暗闇に段々目が慣れてくる。
そこには、よく見知った人物が背を向けて立っていた。

「ねえ、持田く……」

声を掛けた瞬間、持田哲志だった何かは血を噴き出して崩れ落ちる。
「え……ぁ……いやあああああああああああああ!!」

「グオオオオーーー!!!」
「!?」
直後に大声を上げたのは、あの大男、ヨシカズだ。
彼はもう磔にされていたはず……だが、そんな事を気にしている場合ではなかった。

「いやーーー!持田くんが!!!やだああああああああ!!!!!」
襲い来るヨシカズに向かって、手にしていたブック・オブ・シャドウズで滅茶苦茶に殴りかかった。
一発目、確かな手応えを感じる。

「グオオオアアアアアアーー!!!」
ヨシカズも負けじと斧を振り下ろす。
凶刃があゆみの左肩をえぐる。
床に叩きつけられのたうち回る。
ついに動けなくなったあゆみに、呻き声を上げながらゆっくりと近付いてくるヨシカズ。

ヨシカズが目の前まで迫ってきたその時、ブック・オブ・シャドウズが妖しく光り、あゆみに力を与える。
今なら立ち上がれる。
あゆみはよろよろと立ち上がり、斧を振り上げたヨシカズを再び殴りつけた。
決死の二発目が命中すると同時に、最初に天神小を脱出した時のように目の前が真っ白になった。
世界が崩壊していく――

再び目を開けると、そこは緑溢れる樹海だった。
目の前にはヨシカズではなく、先程まで戦っていたはずの鹿が、力なく横たわっていた……。

「なん……だったの?今のって……」
無造作に転がっている、綺麗に斬られた鹿の角が、確かに鹿を斬りつけて倒した事を意味していた。

まあ要するに、混乱状態で2回とも鹿を攻撃してどうにか倒したんだけど、何の奇跡かと思ったわ。
これで毒ダメージ2倍料理が解禁となる。
やったねあゆみちゃん。

強化された毒を存分に活用して、更にFOE狩り。
この恐竜だが、2回穴に落としてしまえばあとは毒で楽勝。

強化版恐竜だって簡単に倒せてしまう。
毒すごいよ毒。

… … …

大物を狩り尽くし、十分に鍛えたあゆみ。
今度こそキマイラに勝つべく最後の準備をする。

「世界樹の迷宮……登りきってやるんだから」
ブック・オブ・シャドウズは、ニヤニヤしていた。

ステータスとグリモアはこんな感じ。
堅殻は森マイマイの技だが、キマイラ戦では命綱と言ってもいい程に重要なスキルとなる。
また、画面には表示していないが、毒に対する完全耐性をつけるアクセサリを装備している。

キマイラの攻撃は以下の通り。

ATTACK:堅殻状態で50程度のダメージ。
劫火:依存部位は頭。30-40程度のダメージ。TEC依存のようで、弱い。
スネークパイル:依存部位は脚。堅殻状態で50程度のダメージ。気持ち命中が低い。毒はアクセサリ効果で防げる。
威圧の咆哮:HP1/2以下で使用開始?防御ダウン効果。堅殻と相殺の関係にある。
双連撃:HP1/3以下で使用開始?依存部位は腕。74程度のダメージが2回、まず間違いなく死ぬ。

上記を踏まえた上で、戦法について。
まず最初は穴に入った状態なので、フォースブースト狂乱の呪言で混乱させる。
これは、毒以外のダメージを少しでも稼いでおく為。
病毒は、2回目も入る事には入るのだが、フォースブーストを使ったうえでも非常に成功率が低い。
なので実質1回の毒のみで倒す必要がある。

穴から抜けた後は、ATTACKやライフトレードを駆使して、HPが残り半分手前になるまで削る。
これは、フォースブーストを再び溜めるという意味もある。
実は序盤の攻撃を耐える事自体は、堅殻と十分なメディカⅡがあれば容易である。
先に堅殻を重ねがけしておくと、操作が楽。

HPが1/2を切ると、威圧の咆哮を使い始める。
こうなると、堅殻の重ねがけは打ち消されて無駄になりやすいので、切れたターンにかけ直すだけでよい。
堅殻なしで物理攻撃を食らうと、80近いダメージを受けるので注意する。
あとは、堅殻がかかっていて、かつHPも十分にある状態が来るまで攻撃をしのぎ続ける。

上記のタイミングが来たら、フォースブーストを使い、いよいよ病毒を使う。
キマイラのHPは8220、その半分は4110。毒のダメージは約800。
合間にライフトレードを挟めば、毒ダメージ5回で削りきれる。
その為には、フォースブレイクの使用が必要になる。
だが、HPが低くなると使用を開始する双連撃が危険なので、病毒→フォースブレイクではなく、病毒→腕封じ→フォースブレイク、という順番でスキルを使用する。
つまり3ターンの間回復行動がとれないという事である為、フォースブレイクを使う瞬間が一番死にやすいポイントである。

あとはもう運が向けば勝てる。
幸い試行回数は大した事なかった。
キマイラ戦で13回死んでいるが、何しろ、途中まで毒ダメージ2倍の料理を食べるの忘れてたからな。
ばーかばーか。

… … …

あゆみの黒魔術によって猛毒に冒されたキマイラは、最後に身体がびくんと跳ねた後、静かに崩れ落ち動かなくなった。
「…………」

「……勝った……勝ったのね……!」
達成感と激しい疲れから、しばらく呆然としていたものの、唐突に聞こえてきた獣の遠吠えによって現実に引き戻される。
この声に聞き覚えのあったあゆみは、声の元へと向かった。

「とったよ、あなたの仇」
樹海の先に向かうついでとはいえ、仇討ちが出来たことには変わりない。
あゆみは、クロガネと呼ばれたその獣の頭を撫でてやった。
クロガネは小さな声で感謝するように一声鳴くと、あゆみに何かを差し出した。

「これは……私の大好きないちごミルク蒸しパン!」

あゆみはクロガネを埋めた後、フロースガルの剣を立てて簡単な墓を作ってやった。
ふと、天神小で命を落とした友達を思い出し、一言呟いた。
「こうして埋葬されるなんて、幸せものよね」

全てが済んだ後、あゆみはいちごミルク蒸しパンを手に、樹海の第2層へと登っていった。

GET NAME TAGS

篠崎あゆみ x4(累計:364)
1Fで鹿に蹂躙された篠崎あゆみ x3(累計:367)
キマイラに潰された篠崎あゆみ x13(累計:380)