そらのうきぶくろ

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トリッカル・もちもちほっペ大作戦というゲーム

絵に描いたような女児台詞と声優の名演が光るメインストーリーのワンシーン。

(日本での)サービス開始から少しした後にその存在を知り、半ば冗談で始めてみたところ、その類い希なゲーム体験しっかり作り込まれた世界観に引き込まれ、適度なゆるさのゲーム性に支えられてなんだかんだ課金までして今日まで継続して遊んでいる。我ながら人生何が起きるか分からんもんだなとしみじみ感じずにはいられない。それがこのトリッカル・もちもちほっぺ大作戦というゲームだ。

トリッカル・もちもちほっぺ大作戦
↑公式サイト。今時信じられないことだが、ちょっとクリックしただけで音が鳴り始める。注意すること。

この記事では、自身がトリッカルを始めたきっかけと、何を魅力に感じているのかについて、改めて文章化していくことにする。あくまで自身の為の記録を意図しており、不特定多数に伝える事は特に目的としていない(もちろんこれをきっかけに始める人が増えたら嬉しいが)。要するに個人の感想だし、内容の正確性は保証しないし(筆者は本国版未プレイ)、合わない表現も飛び出す事があるだろう。加えてメインストーリーや期間限定イベント、個人ストーリーについての軽いスポイラーも含んでいることを承知した上で続きを読んでほしい。

要するにこういうことだね。

トリッカルとの出会い

Twitterに流れてきたこの記事を読んだのが始まりだった。
“もちもちほっぺをつまむ”ことに命かけすぎなゲーム『トリッカル』の“ほっぺ愛”が尋常じゃない。「たくさんの女の子のほっぺをつまみたい」欲望をこれでもかと叶えてくれる

この記事を少し読んでいくうちに、「ゲーム中のあらゆる場面でもちもちほっぺを引っ張り放題」「しかもそれ自体にゲーム的な意味はない」「社長が自宅を担保にして作った」という事を知る。へえ~、変わったゲームが出るんだなとは思ったし、特に3つ目は話題性が強くてユニークなエピソードだなとも思ったものだ(社長本人からしたらたまったもんじゃないだろうが)。

だが、名前は伏せるものの過去に似た雰囲気のソシャゲ(これは国産だった)がサービス終了していったのを見届けた事がある上、他のソシャゲと比べるとビジュアル面ではもちろんのこと(今に始まった事ではないが美しいイラストや3Dモデルを魅力として押し出しているものが多い)、ゲーム性にも秀でているとも思えなかった(「よくあるやつ」に見えた)ので、「このレッドオーシャンなソシャゲ界に、もちもちほっぺ一本で勝負していくのは弱いのではないか?」というのが正直なところだった。

記事を読んだ翌日、なんだかんだで頭にもちほっぺが残り続けていたらしくこんなツイートをした。

その後、よく覚えていないが(おそらく、仕事が暇だったものと思われる)トリッカルのアプリのダウンロードを始めてしまった。

アプリを起動してから初回ダウンロードが走り、これがそれなりの容量でやや時間はかかるのだが、その間に公式サイトで視聴できる世界観紹介動画が流れ続ける。今思えばトリッカルはここのエルフィンの「ワァキャンディダーウヒョー!!!!」に耐えられる人をこの時点で選別していたんだと思う。このゲーム、たぶんガキが嫌いな人はやるべきじゃないので。

そしてダウンロードが終わってタイトル画面に入ると怪しげな中華フォント(後に改善された。うれしいことだ!)のお知らせがお出迎え。この中華フォントが表示されると胡散臭さが数倍になると言われている。「具体的な」が「具体できな」になってたりして日本語も怪しい。果たしてこれは本当に大丈夫なんだろうか?

そんな心配は……別に吹き飛ばされたわけではないが、チュートリアルで聞こえてくる釘宮ボイスと噛み終わったガムにより、一時的に押し出される事となった。

ここまで見事な「掴みはOK」、そうそうない。

チュートリアルと共に始まる突っ込みどころだらけのお話が展開され、何か面白いからちょっと読んでみよっかな、という気持ちにさせられた。こうして噛み終わったガムもといブルミと共に、エーリアスの地に降り立った。

トリッカルの魅力

ここからは、何を魅力に思っているのかを最初に触れた3つのテーマに分けて書いていく。

類い希なゲーム体験

こんなでも一国の女王なんだから驚きである。

「もちもちほっぺ」という要素は、他のソシャゲと勝負する上では弱いのでは?というのが第一印象だったわけだが、今ではどうだろうかというと。「もちもちほっぺ」とは他の作品にない明確な強みであると言わざるを得ない。正確には「もちもちほっぺを好きなタイミングで引っ張り放題である」ところこそ、トリッカルの強みであり韓国で3年続いている理由にしてグローバル版がリリースできた理由といえる。

それは何故か。まず、このゲームに登場するキャラクター達は基本的に性根がカスだったりバカだったりアホで構成されている。まともな感性だったり善性の持ち主はほんの一握りしかいない。それ自体については後述するが、とにかく口を開けば「こいつぅ~」みたいな気持ちになるようなキャラクターばかり出てくるわけだ。そこに、「もちもちほっぺを好きなタイミングで引っ張り放題である」ところが効いてくる。

引っ張り放題の様子。これはタイトル画面だが、ここ以外でもあらゆるタイミングでもちもちほっぺを引っ張ることができる。

ストーリーを読んでいる最中にコイツ何か腹立つなと感じたらその場で引っ張る事ができるし、特に何も思わなくても気分で引っ張る事ができるし、引っ張られたキャラクター達は様々な反応を見せる。結果的にこのゲームは、キャラクターへのヘイトコントロールをインタラクションという形でプレイヤーに委託している、という事に気付き、思わず感動してしまった。最初に引っ張れる事を知った時は「ふーん、それだけ?」と思ったものの、この「引っ張れる事のありがたさ」は実際にプレイしてストーリーを読み進めてみて初めて分かるものだった。どれだけ

同じような事ができるゲームは他に知らないし(少なくとも、SNSに記事が流れてくるような有名どころには無いはず)、今後仮に他のゲームが似たような機能を付けたとして、どうしてもトリッカルの存在がついて回るだろう。

このゲーム体験には、全てのキャラクターがいわゆるSDキャラ(スーパーデフォルメ。等身が低いキャラクターのこと)として表現されている事も大いに寄与していると思っている。例えば通常の等身のキャラクターが居たとして(美しいイラストだったり、3Dモデルなどで表現されるだろう)、ほっぺを引っ張ったり殴ったりといった行為が可能な状況を想像してほしい。多くの人々はおそらく、 それをやった時に罪悪感を抱くのではないだろうか?展開される物語の中で、そのキャラクターの言動が気に食わなかったとしても、だ。トリッカルはSDキャラを使用することによって、現実世界との距離を取っているため、前述の行為による罪悪感を極めて薄くすることに成功している。

これは寝ぼけた相手に対して財産の半分を奪おうとするかわいめのカスだが、もちろんほっぺを引っ張れる。

登場するキャラクター達が「プレイヤーがいつでも好き放題できるSDキャラ」であるからこそ、向こう(=キャラクター達)も好き放題やっている。これは、そんな奇跡的なバランスで成立しているゲームといえる。

しっかり作り込まれた世界観

とうていこのビジュアルのキャラクターが言うとは思えないような台詞。

トリッカルの舞台となるエーリアスという世界は、公式サイトの動画でも紹介されているように「妖精」「獣人」「幽霊」「精霊」「竜族」「魔女」「エルフ」が存在する多種族ファンタジー世界である。そしてプレイヤーはというとその世界に降り立った唯一の「人間」という扱いであり、概ね異世界転移ものといってよさそうである(これは現時点でグローバル版アプリで公開されているストーリーから受ける印象)。

特に注目している種族はエルフ。一般的なエルフのイメージ(トールキン作品が確立し定番となったもの)からまるでかけ離れた味付けは独特であり、非常に興味深い

前項ではSDキャラクターが採用されている事について触れたが、「ゲームとしての表現上の都合」でそう表示されているのではなく、エーリアスの住人達はみな本当にこういう見た目(=もちほっぺ)の存在であるらしい。そんなこの世界に降り立った「人間」は、かれらにとって「でかい」「手足が長くて気持ち悪い」「指が5本もあってかわいそう(エーリアスの住人達は指が4本の生き物である)」な存在だと扱われる。これは多種族ファンタジーにおける異種族感交流が好きな者としてはたまらない要素といえる。

この手の世界観において種族の数だけ常識があるのは道理だが、トリッカルではそういった表現も積極的に行われている。「妖精は魔法が得意」「獣人は知能が低い」「幽霊は悪戯が好き」「精霊は現象が自我を持ったようなもの」「竜族には序列争いがある」「魔女は地下に住んでいる」「エルフはすぐに裏切る」といった種族の特徴から、「死という概念が存在せず、死ぬような事が起きない」「教団の地下には祈りと称して眠り続ける多くの人々がおり、存在ごと秘匿されている」といった世界の謎に関わりそうなもの、「自分の尻尾は何を考えているのか分からないから嫌い獣人」「かぼちゃが好きだが友達として好きなので食べたいわけではない幽霊」「ミミズもナメクジも雨が好きで喜んでるんだから人間も喜んだらどうかと聞いてくる精霊」といった個々人の独特な性質まであり、かれらはかれらの常識に則って生きているのだ。そしてそれらは決して「人間」に都合の良いものばかりではないため、人間からしたらこの世界にはろくなやつがいないように見えるのは当然のことだ。

前項では「まともな感性だったり善性の持ち主はほんの一握りしかいない」と書いたが、エーリアスという我々の常識が通用しない異世界がきちんと作り込まれているからこそ、そうなっているというわけだ。その「ほんの一握り」の者達は、たまたま「人間」に近しい感性を持っていただけ、という話である。

これは「ほんの一握り」代表二名。左のアヤはともかく、右のヨミはグローバル版で初実装のためまだまだ謎の多い存在のはずだ

メインストーリーは現在進行形で更新が続いている。基本的に登場人物にバカが多すぎて3歩進んで2歩下がるような話の進み方ではあるものの、その内容自体は期間限定イベントで断片的に語られる世界設定も相まってなかなかに興味深いもので、今後も目が離せない。

適度なゆるさのゲーム性

トリッカルのメインストーリーは、戦闘クエストをクリアすることでアンロックされていくようになっている。そしてその戦闘クエストをクリアするためにはキャラクターを育成し、戦闘をこなす必要があるわけだが……これがまぁゆるい。オートチェス系ゲームというジャンルをトリッカルで初めて知ったわけだが、編成したキャラクターが頑張っている所を眺めていれば終わる。少なくとも現時点で公開されているストーリーを読む分には、それで特に困ることはない。かつてとあるソシャゲをやっていたとき、戦闘が難しすぎてクリアできずストーリーの続きが読めなくなった(後に改善されたそうだが、その頃にはとっくにやる気を失っていた)苦い思い出がある者としては、戦闘で詰まることなくストーリーを楽しめるのはありがたい。

ヨミなんてなんぼ強くてもいいですからね。

キャラクターの育成システムは半分くらいブルーアーカイブである。レベル以外にもいくつかの要素に分かれているがざっくり言ってしまえばどれも「大量のリソースを注ぎ込んで強化していく」というよくあるやつだ。よくあるやつだけに、理解はしやすい。ソシャゲ故にキャラクターはたくさんいるため、どのキャラクターにどれだけリソースを注ぎ込むかがプレイヤーに委ねられる(やはりよくあるやつだ)。日々少しずつプレイしてはリソースを注ぎ込んでキャラクターを強くしていく構図は盆栽に例えられるため、こういうゲームは盆栽ゲーと呼ばれるらしい。

恐ろしい!
他にもなんだか妙に癖になる言い回しのシステムメッセージが無数にあるのも、ゲーム全体のゆるい雰囲気作りに一役買っている。

育てきった最強の盆栽を活躍させるコンテンツももちろん存在する。そこまでやりこんでいるわけではないので詳しくは触れないが、次元の衝突(ボス戦・ブルーアーカイブで例えるなら総力戦と制約解除決戦を足して割ったようなコンテンツ)、勝者の喧嘩場(PvP)、世界樹採掘基地(性格ごとに育成度合いを試されるやりこみ型PvE)など。どれも頑張った分だけ報酬が用意されており、育成が無駄になることはない。

メインストーリー以外のコンテンツは「やりたかったらやれば?」程度のものであり、圧というものをまるで感じない。そのゆるさが「毎日もちもちほっぺ達を愛でながらゆるく遊ぶ」の継続に繋がっているのではないかと思っている。

最後に

ここまで自身の為に、なぜこのゲームを続けているのかについて書き起こしてきた。批判がしたいわけではないので、悪い部分については書いてこなかったが、日々遊んでいるとそういった点も沢山目に入ってくる。しかし、まだグローバル版は始まったばかりだし、公式ディスコードサーバで活発に不具合報告がなされていたり、実際にアップデートで改善されていく様子も目にしている。何よりここまで書いてきた理由により、トリッカルというゲームの事が大好きなのだ。それを改めて実感できただけでも、この記事を書いて良かったといえる。

インターネットの片隅にトリッカルというゲームが大好きな人間がいるということを残すため、そしていつか社長が自分の家を取り戻すことを祈る人間がいるということを残すために、この記事を終えることとする。

良い☆ことだけ考えよう!
ゲームたのしいよ | タグ: | 君はコメントしてもいいししなくても良い

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